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新電力の基礎体力が問われる時代、勝ち抜く秘策とは

取材・文 : 上阪 徹

成長企業で活躍する方々がどんな価値観を持ち、働く場所や人に何を求め、仕事のパフォーマンスをあげるためにどんなことを大切にしているのか。

今、勢いのある海外成長企業・国内先端ベンチャー企業にスポットをあてたインタビュー。

今回ご登場いただくのは、小売電力事業者向けの業務パッケージをSaaSで展開しているESGジャパンのカントリーマネージャー、安藤秀樹氏だ。

米国の市場自由化と共に誕生

2016年、日本は電力の小売りを自由化した。電力は東京電力や関西電力などの電力会社が作り、送り、売る、をワンパッケージで展開していたが、工場などの事業者のみならず、一般家庭にも電力を小売りすることが自由になった。今日現在約700社もの事業者が参入しているという。

「電力を一つの商品として売る小売電力事業者、いわゆる「新電力」と呼ばれる方々に、業務パッケージソフトウェアを提供しているのが、私たちエナジーサービスグループ、ESGなんです」
アメリカでは、ひと足先に電力小売りを自由化しているが、ESGはそのタイミングの1998年、ボストンで創業し、日本の自由化に合わせて、2016年にオフィスを作った。

「アメリカでも自由化しているのは13州ほどですが、そこで数多くの新電力がこの20数年、成功、失敗の紆余曲折を経てビジネスをしています。電力というのは在庫がきかないので、売れる量だけ正確に仕入れなければならない、つまりしっかりした需給計画が不可欠です。これができないと電気料金を上げざるを得なくなってしまったり、利益を失うことになりかねない。

日本でも、去年の夏冬は電力が高騰し、事業者の中には大きな打撃を受けたところは少なくありません。さらに電力は差別化が難しい商品なので、どうしても低価格競争になる傾向にあります。」

シンプルだが簡単ではない「小売電力事業」

小売電気事業者は電気を作るわけではない。となれば、電気を仕入れてこなければならないが、主な手段として発電事業者からの仕入れ、不足分のマーケットからの調達があるという。 マーケットでは需要と供給のバランスを見ながら電気を買ったり、あるいは余った電気を売ったりもする。実は、シンプルなビジネスだが簡単なオペレーションではない。

「日本でも参入が相次ぎましたが、上位トップ20社で、売上全体の8、9割を占めていると言われる寡占市場です。ガス会社や石油会社、通信会社など、BtoCの基盤を持っている会社は、もともと持っている顧客に提案することができるからです」

顧客が電力会社を切り替えると、スイッチングという手続きを経て供給が開始される。事業者は、約束された料金プランで使った分だけ請求書を発行し、請求書を出して回収する。ESGはこの一連の流れをパッケージ化されたシステムで提供している。

「それほど複雑なモデルではないので、顧客が1000社ほどであれば、自分たちでエクセルを組んで手作業でできてしまったりもするんですね。しかし、万単位となれば、そうはいかなくなります。業界標準の業務フローがあらかじめ組み込まれたパッケージシステムの導入がシステム化の早道となるわけです」

一方でトップ20社ともなれば、もともとのビジネスで作っている巨大な請求システムがあるため、新たなシステムは必要としない傾向が強い。ESGが対象にしているのは、このトップ20社に連なる中間の200~300社であると言える。

スマートメーターで各家庭の電力使用の傾向が「見える化」

小売電力事業者がシステム化を進めたほうがいい理由が、もうひとつある。電気を使う一般家庭は、電力メーター一つひとつにIDが振られているが、新電力に切り替えると電力メーターが自動的にスマートメータに置き換えられる。スマートメーターは、30分毎にその世帯の使用電力を計測する仕組みを持っている。

「従来は電力会社の検診員が一件一件家を訪問してメーターの数値をチェックし、それをもとに請求書を発行していましたが、新電力ではそれはなくなります。スマートメーターは一種のIoT。すべて記録をしてくれます」しかも、30分ごとの使用電力値が出てくるので、データをすべて把握して30分毎の需要予測値に反映させ、調達計画に活用することが可能になるわけだ。

「さらに30分値がわかればどうなるのかというと、電力使用の傾向がわかるんです。例えば、小学生のお子さんがいてお父さんは会社員、お母さんはパートで働いていると、朝9時以降、お母さんがパートから帰ってくる夕方まで電気は使わない、ということは容易に想像できるわけです」一方で、お父さんが帰ってきた夜の団らんの時間は一気に電力使用量が高まることになる。

「スマートメーターによって、こうしたロードカーブ分析ができるんです。それぞれのお客さまの生活パターンに合わせて、昼間電気は使わない、夜型に使うための料金プランが提案できたりする。週末使わない、一定期間使わない、などいろんなスタイルがありますから、時間別、期間別で電気料金を変えていったりすることもできるわけです」

こうしたスマートメーター分析は、それこそ手作業のエクセルではとてもできない。そこで、ESGのパッケージが生きてくる。使用時間帯の顧客分析の役に立つわけだ。「電力を使うお客さまの引っ越しなどのケースにも正確な請求対応ができ、本部や店舗の層別の請求まとめ処理ができる、など業界特有の事務処理がしっかりできることは当たり前の機能だと思います。ESGの特長はお客さまを獲得するための料金プラン作成が自在に低コストで可能になるなど、営業戦略面などにも寄与するということです」

小売電力事業者向けという、かなり専門的で狭いニッチな領域のパッケージ。それを、アメリカやヨーロッパなどグローバル展開している会社なのである。

専業の「覚悟」と「強み」

狭いニッチな領域だが、実は競合がいないわけではない。それこそ、要望に応じてシステムを作ってくれる会社は国内にもたくさんある。では、強みはどこにあるのか。

「ひとつは外資として20年間、アメリカでいろんなことを経験していることですね。例えば、業務の中に例外的処理が出てくることがあります。今、全世界で約300社のユーザーがいますが、市場の要求、地域の法規制に製品機能を合わせて対応していくのは、パッケージを維持していく私たちの責務です。法整備の変化だったり、料金プランだったり、そのたびごとに費用をいただくようなことはしない。そのためのエンジニアコストを吸収できるだけの既存顧客規模を持っていること。これは、専業ベンダーの強みでもあります」

あらゆる業界のシステムを手がけていて、そのひとつが新電力のシステム、というわけではない。このパッケージしか手がけない専業の覚悟があるのだ。
「電力を仕入れて売る、というビジネスは、差別化が難しい事業でもある。他の商材と組み合わせたり、ポイントの仕組みを入れたり、日本のお客様が生み出すビジネスの知恵もどこかで吸収していかなければなりません」

実は日本の自由化は2016年だったが、日本での事業スタートは、2017年だった。すでにシステムを作ってしまっている会社も多かったが、それでも顧客の獲得につなげている。

「2016年4月の自由化のスタートに合わせて、なんとかシステムを作ったが様々な課題が顕在化してきた、というご相談を受けることが多々あります。その時点では、選択肢があまり多くなかったのでしょう。そんな代替需要です」
また、料金プランを新しくしようとしたら、追加料金を求められた。この先のことを考えるとコストを見直したい、戦略変更に柔軟に対応できるようにしたい、という相談もあるという。

「新しい発見は、巨大なBtoC基盤を持つ会社にもパッケージシステムへのニーズがあることです。すでに構築している歴史あるシステムは、とても重い。足回りをよくするキャンペーンなどに対応しにくい。そこで、新会社を作り、そこで新たな戦略を新しいシステムで展開するケースがあることです。ぜひ、弊社のパッケージを使ってほしいですね」

メールマガジンの展開や少人数でのサロン形式のウェビナーなども好評だという。
安藤氏は、オラクルやSAPなどを経て、外資系IT企業のニュータニックスのマネージングディレクターとして日本法人を率い、成長を導いている。60歳での引退を考えたそうだが、ヘッドハンターから声がかかり、2017年に一人で日本法人を立ち上げた。

「前職のニュータニックスは入社時の8人から僅かの間に50人に迫る規模になり、今は200名を超えていますが、かつてGlobal Business Hub Tokyo(以下、GBHT)に入居していたんです。ESGの立ち上げの際、オフィスを探すときに、真っ先に当たったんですが、当時は空きがありませんでした」

「日本独自のソフトウェアとサービス」を提供したい

GBHTへの入居は2年後にかなったという。気に入っていたのは、オフィスデザインのモダンさ。また、大手町という立地だった。
「お客さまは経済産業省やエネルギー庁でセミナーや勉強会に参加されることも多い。ちょっと帰りに寄ってもらうにも、とても交通の便がいいですね。また、新幹線でも飛行機でも、ここから全国に飛んでいくのに、とても利便性が高い」

そして意外にありがたいと感じていることが2つあるという。一つは、会議室の使用時間があらかじめバンドルされていることだ。
「以前入っていたオフィスでは、会議室を使うたびに時間いくらということで費用がかかりました。これが意外に、大きな額になる。GBHTでは、30時間までは費用がかかりません。ネットワーク環境もいい」

もう一つが、入館バッジだ。例えば6人部屋だと、入館バッジは6つ渡されるのが普通だが、GBHTは9つ用意してくれる。
「例えばアメリカから社長が来るとき、以前はバッジのためだけに部屋を借りなければならなかった。一つのバッジを、2人で使う方法もありますが、トイレに行くたびに渡さないといけない。あまりスマートではないですよね」

現在、日本で働く社員は8名。急成長して大人数になる、という事業ではないというが、じっくり成長をさせていきたいという。
全世界で約500人いる社員うち、約300人がエンジニア。何よりサポートの充実を、大切にしているという。

「業務パッケージとデータ分析系、需給管理系など、現在提供するモジュールは4つほど。シンプルなシステムですが、これに限定されることなく、国内の協業パートナーを模索して製品価値の幅を広げ、日本独自のソフトウェアやサービスも提供できようにしていきたいと思っています」

編集 : 丸山香奈枝
撮影 : 刑部友康